海洋島・小笠原諸島のヒメトビケラ類とその適応放散(和文要約)

伊藤富子(北海道水生生物研究所)・佐々木哲朗(小笠原自然文化研究所)・高橋千佳子(小笠原自然文化研究所)・菅原弘貴(東京都立大学)・林 文男(東京都立大学)

東京から1000 km南の太平洋上の海洋島・小笠原諸島で,成虫・幼虫の形態観察と遺伝子分析により,ヒメトビケラ類の分類学的研究を行った.

1.ヒメトビケラ属の5新種,ムグリヒメトビケラ, イシウラヒメトビケラ,トコヨヒメトビケラ,ハハジマヒメトビケラ,ナガハマヒメトビケラ,が認められた.既知種のオガサワラヒメトビケラと合わせて小笠原諸島のヒメトビケラ類は6種となり,全て固有種だった.(小笠原における適応放散①).(以下では,種名の”ヒメトビケラ“を略す).

2.各種の分布範囲は比較的狭く,ムグリ,イシウラは父島北部と兄島に,オガサワラは父島に,トコヨは父島南部に,ハハジマは母島南部に,ナガハマは母島中部にみられた.

3.ムグリの幼虫は,細長く扁平な頭をしていて,粗い砂粒でさやえんどう型の筒巣を造り,河床間隙hyportheic zoneに生息していた.ヒメトビケラ属ではこのような形態,筒巣,生息場所の種は知られていない.小笠原では先住者のいない河床間隙に生息するために,幼虫の形態が変化し,筒巣も変化したと考えられる.(小笠原における適応放散②)

4.ムグリ以外の5種の幼虫と筒巣は,典型的なヒメトビケラ型だった(頭は丸く,腹部は左右に扁平で4-5節が背腹にふくらむ.筒巣は細かい砂粒や植物片を綴ったメガネサック型で,前端と後端にスリットがある).しかし,これら5種の形態と生態には,他の地域のヒメトビケラ属では見られない2つの特徴があった.一つ目は幼虫の第1~3節の背面に小硬板があること,二つ目は小沢に加えて濡れ崖や滝 (hygropetric habitat)にも生息していることである.小笠原では濡れ崖や滝のスペシャリストがいないので,これら5種はその空きニッチに進出し,幼虫背面の小硬板はそこでの生息に有利なように(流れの中で筒巣が抜けてしまわないように?)形成されたと考えられる.(小笠原における適応放散③)

5.ムグリとその他の5種を比較すると,幼虫や筒巣の形態や生息場所が全く異なっているが,オス成虫の形態や遺伝子では,ムグリだけ系統が異なるわけではなかった.

6.トビケラにおけるこのような現象(狭い地域での多種への分化,および空きニッチへの進出とそれに伴う幼虫の形態と筒巣の変化)は,ガラパゴスやハワイなど他の海洋島では知られていない.小笠原のトビケラ類はとてもユニークである.

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